森の旅 

To the world where you've never seen.

横倉山 古の森を抱く里山をゆく

約12分


山歩き日 2018年6月3日

四国高知県の県都、高知市から西へ車で約1時間行くと越知町という町がある。
人口は約5500人の小さな町で近年『仁淀ブルー』で全国的にも有名になりつつある、清流仁淀川の中流域南岸に沿って街並みが発達している。
有名な産業は・・・
何だろう、思いつかない。
高知の山間部にたくさん、本当にたくさんある、自然豊かな、過疎化が進行中の小さな町の一つ。
秋口に開催されるコスモス祭りが有名だが、正直な所、高知に住んでいる自分にとってもそんなに話題にのぼるような町ではなかった。
そう、登山を始めるまでは。

この町のシンボルは誰が何と言おうと横倉山だ。
町の中央を南北に分断するように東西に延びている国道を高知市側、つまり東側から西へ進んで行くと、街並み越しに正面にそびえている山が横倉山だ。
標高は800m。
登山者からしたら普通の低山だが、町から仰ぎ見るその姿は、ずいぶんガッシリとしていて威圧的だ。
そのためか実際の標高以上に高く感じる。
この山を有名にしているのが、その特異な地質と植生。
何とこの山は4億年前には赤道近くに存在し、長い時を経て激しい地盤活動しながら現在の位置へたどり着いたという。
シルル紀の頃の三葉虫やサンゴの化石も出土している。
激しい地盤活動のおかげで、様々な、例えば石灰岩や花崗岩、蛇紋岩などの地層が複雑に入り混じり、それに応じた、非常に数多くの植物を一同に観察できる珍しい山だという。
高知が生んだ世界的植物学者、牧野富太郎博士が頻繁に通った山としても有名。
彼はこの山で数多くの新種を発見している。
ちなみに博士の出身地は越知町の東隣、佐川町だ。
赤道近くにあった物が、ここまで移動するなど、余りにもスケールが大きすぎていまいち実感がわかないが、とにかく普通の低山ではないようだ。

さらにこの山には平家の落人伝説も残る。
壇ノ浦の決戦で敗れ入水したはずの幼帝安徳天皇が、実は生き延びておりこの地で暮らしていたという。
宮内庁から指定を受けている陵墓参考地が山中にある。
ただし、この手の伝説は四国や九州にいくつも存在するし、実際指定されている陵墓参考地もここを除いてあと4箇所あるらしい。
つまり実際はどうなのか分からない。

さらに信仰の山としての側面もある。
その歴史は古く、957年頃に土佐国唯一の修験道場として開かれている。
修行の道らしく、道中には鎖場が数カ所あり横倉宮と杉原神社、石鎚神社の祠などがある。
こんな感じでとにかく見所が多そうなこの山。
さて行ってみよう。

今回は同行者なし。
久し振りの単独行である。

越知町へ入ると街並みのその奥に横倉山が見えてくる。
独特な形状の山容が目を引く。
中腹にある織田公園駐車場まで舗装道路を進み、そこから登ることになるのだが、見るからにまずまず傾斜がありそう。
里山だと思って甘くみてはいけない。
この時点で6時7分。

6時22分 織田公園第一駐車場(450m)に到着。
誰もいない。
眼下に越知の街並みが光っている。
天候は快晴。
風はなし。
暑くなりそうだ。
この駐車場は2段構えになっていて、下段はかなり広い駐車スペースとなっている。
トイレもあるが、簡易的なものでそれほど綺麗とは言えない。
トイレットペーパーもなかった。

それにしても最高の青空。
いつも同行するTと山へ行くと余りにも天気に恵まれないので、一体どちらの日頃の行いが悪いのか論争になるのだが、やはり私の想像どうり元凶はTだと判明する。

駐車場からほんの少し車道を登ると登山口がある。
木の杖がどうぞご自由にという感じで数本立てかけられている。
溢れかえる様々な標識の一つに目指す横倉宮まで2.2kmとある。
6:40 出発。
とりあえず今日はサクッとハイキング気分。
500mlの水2本と菓子パン、レスキューセットなどの最低限の装備だけを担いで行く。
あっ、1本交換レンズも持って行ったが、結局使う事はなかった。

いきなり見たこともないような真っ赤な毒々しいキノコに遭遇。
植生豊かな山だと聞いていたので、これは幸先がいい。
ひざまずいてパチリ。

階段がしっかり整備された登山道に朝日が差し込んでくる。
柔らかそうな若葉を朝の光が通過する。

やはり登山は晴れに限るという当たり前の現実に胸が打ち震えている。
寒くてキツくて真っ白&真っ黒で視界不良なまるで地獄絵図のような苦行ではない、爽やかハイキングの世界が当たり一面を覆っている。
これである。
登山とは基本そう、これなのだ。

なんとテッポウユリまでそんな充実登山を満喫している私を祝福するかのように一輪花を咲かせている。

頭上には明るい緑のシャワーがダダ漏れ状態。
これほど浴びすぎてしまうと逆に体に悪いんじゃないかと感じるほどのマイナスイオンが降り注いでいる。

久し振りの登山ということもあってか、ありとあらゆるものが目についてしまう。
その度撮影タイムとなるわけで、その歩みはなかなか進まない。
まあいいだろう。
そんなに急ぐ山行ではない。

相変わらず続く階段の登山道。
だんだんその階段がしんどくなってくる。
まあ歩行用に坂道を整備する=階段を作るなのだろうけど、登山での階段の連続は若干苦手である。
さらに今回のコース全体で感じた事だが、登山道のほとんどで落ち葉が一面敷き詰められている。
平坦な道ならそのフカフカな感じを楽しみつつ歩けるのだが、斜面で下りの時等は要注意。
落ち葉を安易に踏むと滑るのはイニシャルDという漫画で証明されている。

登山道の右側、つまり北側には杉の植林地となっている箇所もあるが、登山道はほぼ自然林の中を進む。

標高を上げて行くと少しづつヤマツツジが顔を出し始めた。
鮮やかなピンクというか薄紅色に癒される。

やがて第一の鎖場に到着。
写真では少しキツそうに写っているが、ここは大した事はなくて、簡単に登ることができた。
鉄の足場も作られていたので、それを利用するとさらに楽である。

この鎖場を登ると絶景が待ち構えている。
少しせり出した岩場から南東方向を見る。
山の裾に登山口までの車道がくねくね走っているのが見える。
画面左側には越知の街並み。

南西方面。
足元で桐見ダムが水を蓄えている。
濃い緑に包まれつつある山々。
季節は本格的な夏へとどんどん進んでいる。

少し休憩した後、細尾根を進むと目の前に立ちふさがるような岩が出現する。
かむと嶽の鎖場だ。
この岩を登りつめるとかむと嶽石鎚神社の祠がある。

ただし写真で分かるようにこの鎖場が一筋縄ではいかない。
取り付きはほぼ、というか間違いなく垂直である。
鎖が岩肌にもたれかかっているというより、垂れ下がっている。
鎖場がある事は事前情報で知っていたが、まさかここまでとは思っていなかった。
もちろん岩の右側に巻道も用意されてはいるが、とりあえずは鎖を進んでみたい。
いつもは肩にかけているカメラをザックにしまい、取り付いてみる。
その垂直区間は数メートル上空まで続いていて、それから先は岩の角度が変わっているので傾斜が緩やかになっている事が想像できる。
とりあえずそこまで上がればなんとかなりそうだ。
だが無理だった。
しっかりした足場を見つけることも出来ず、ほぼ鎖にぶら下がるような感じで登る事になってしまい、日頃の運動不足で立派に成長しすぎた肉体を押し上げる事は出来ない。
参った。
どうしようか。
巻道を進むことも考えたが、やはりここはどうしても登っておきたい。
岩を観察していると、鎖の左側から取り付いた方がいいような気がしてきた。
足をかけれそうな窪みもこちらの方があるし、角度も若干ゆるいようだ。
ある程度まで左側を進み、途中で鎖の方へ水平移動すればなんとかなりそうだ。
ただし、左側へ行きすぎると断崖絶壁状態なので慎重に。

どうにかこうにか登りつめる。
距離は短いが、なかなかハードだ。
山慣れした人ならサクサク登るのだろうけど。

鎖場を過ぎるとヤマツツジが突然増える。
まるで先ほどの苦労をねぎらってくれているようだ。
しかし、よく考えると巻道を進んでもこのヤマツツジの楽園は通過する事になるので、そんな事はないと思い直す。

やがて再度鎖場が登場するが、先ほどに比べると明らかにおまけのような鎖だ。
鎖がなくても十分登れる。
それをクリアするとついに。

7:39 かむと嶽石鎚神社(615m)に到着だ。
小さな祠が祀られている。
挨拶をして休憩もそこそこに先へ進む。

このあたりは本当にヤマツツジが多い。
至る所で花を咲かせている。

新緑の明るい黄緑色の葉に薄紅色の花が映える。

途中一部北側の視界が開ける場所があった。
あのアンテナが立ち並んだ山はなんだろうか?

尾根の道も勾配が緩くなってきた。
快適快適。
相変わらず落ち葉が敷き詰められた道。

やがて岩が多いエリアに突入。
どうやら例の4億年前の石灰岩らしい。
淡いピンク色で昭和40年代まで『土佐桜』の愛称で盛んに切り出されていたとの事。
先ほど登ったかむと嶽の岩も4億年前の火山活動による火砕流堆積物から出来ている。

ふむ、4億年か。
全く実感がわかない。
ちなみに人間の一生を65年と仮定してみると、6153846世代前となる。
うむ、やはり実感わかない。

8:07 横倉山三角点(774.6m)に到着。
ベンチに腰掛けて休憩する。
周りは樹木に覆われて展望は全くない。

横倉山にはアカガシの木が多い。
それもすぐ目につくような大木がどこかしこに。

三角点から横倉宮へ向かう。
一旦鞍部へ降り、登り返す。
この辺りは本当に深い森。
しいんと静まり返っている。
町からすぐの里山とは思えないほどだ。

8:36 横倉宮(800m)に到達。

1200年安徳天皇がなくなると、玉室大神宮と崇めて山頂に神殿を建てたのが由緒だという。
現在の建物は明治30年頃の改築との事。
あちこち痛んで入るが、年代の割にしっかりしているという印象。
丁寧に管理されてきたんだろう。
しかし明治といえば随分昔だが、4億年に比べると、ついこの前だな。

この手書き看板自体も随分前のものだろう。
地図といい、文字といい、いい味出している。

社殿を這う杉の根。
所々木漏れ日がさす。
社殿と杉と木漏れ日の3点が揃うと、やはり神々しい雰囲気になる。
この社殿の裏にばか試しと呼ばれる場所がある。
断崖絶壁の頂上で、危険を冒して先端まで行く者は馬鹿者だという。
大丈夫、私は行く前からばか者ではないと確信できていて、まさにその通り、馬鹿者になり損ねる。
よかったよかった。

横倉宮を後にして、少し下り安徳天皇の陵墓参考地へ向かう。
やはりアカガシの大木が迎えてくれる。
快適な登山道。

8:55 横倉宮からほんの5分で参考地の石段に到着。
石段の奥が陵墓参考地となっている。
昭和元年、宮内庁管理となったようだ。
周りは石積みと柵で仕切られている。
山中とは思えないほど平らな広い土地だ。
天皇が従臣らと蹴鞠をされたとの事で『鞠ヶ奈路陵墓参考地』との別名もある。
陵墓参考地を後にして、さらに先へ進む。

すぐに小さな沢がある。
チョロチョロしか水はない。
沢を渡り少し登ると畝傍山眺望所だ。

9:09 眺望所到着。
南東方向が開けていてベンチが整備されてある。

手前のピークが横倉宮、その奥がかむと嶽だ。
ゆっくり休憩もしたいが、とんぼ帰り。

横倉宮まで戻り、表参道を下る。

9:23 横倉宮の鳥居を通過。

本当に気持ちいい道だ。

存在感のある、ウラジロカシの大木。

朽ちた切り株も苔むして、一つのアートのようだ。

特徴的な樹皮。
調べたが、名前が分からない。

本当にいつまでも歩いていたい、快適な道。
先へ進むのが何かもったいないくらいだ。

9:40 安徳水に到着。
安徳天皇も飲んだとされる湧き水で、昭和60年に名水100選にも選ばれている。

飲まないでくださいとある。
ムムム。
100名水なのに。
蛇口をひねるとチョロチョロと水が出る。
飲めないけど、手と顔に浴びる。
汗ばんだ顔にひんやりした水が気持ちいい。

山小屋もあり、中は驚くほど綺麗に保たれていた。
施錠されているわけでもないので、無料で使用できるようだ。
近くにトイレもあったが、覗く勇気はなかった。

9:45 杉原神社に到着。
境内には巨杉が乱立している。
樹齢600年、樹高50mという杉もある。

境内をぐるり取り囲む巨杉。
ここでも例の3点セット炸裂で、神々しい雰囲気に包まれている。

樹齢600年とすると、1418年か。
日本は室町時代。
ジャンヌ・ダルクとかの時代だ。
その頃生を受けた杉が未だにしっかり生きている。
触れることもできる。
不思議な感覚。

今の社殿は明治時代に改築されたものだという。
驚いたのは、その精巧な彫刻だ。

当時長州、現在の山口県の周防大島にあった大工集団が出稼ぎの為、四国へ来ていたとの事。
四国の山間地で神社や家屋を数多く建てていたという。
杉原神社社殿もその時の作品だ。
しかし、この彫刻は見れば見るほど凄い。
学生時代美術の授業で版画を掘ったが、すぐ飽きて一番掘りやすい大の半円でザクザクやっていた私とは全然違う。

十分杉原神社を堪能したのち、下山する。
鳥居を出ても参道脇には巨杉があちこちで目に止まる。
樹齢何百年クラスの木がゴロゴロしているのだ。
当時の参拝者が植えた苗木が成長したとも言われている。

道中夫婦杉と呼ばれる、巨杉の脇を通過する。
初めは夫婦というより3本あるじゃないかと思っていたけど、左側の寄り添う2本が夫婦杉で右の端の1本は関係ないようだ。
道はその2本と1本の間を通過する。

石段が続く参道をどんどん下る。
いよいよゴールは近い。

10:18 織田公園第二駐車場前の参道入口へ下山完了。
後は車道を下って登山口へ戻るのみ。

10:33 登山口近くの駐車場着。

確かガイドブックのコースタイムは2時間だったような・・・
倍の4時間も山中を徘徊していたことになる。
そんなにゆっくりだったか・・・?
確かに見所が多すぎて、その都度立ち止まり撮影の繰り返しだったのだが。
まあとにかく天候も良く、充実した山歩きとなった。
低山とはいえ、非常に内容が濃い山だ。
急ぎ足で回るよりは、ゆっくりゆっくり噛みしめるように歩く山旅に向いている。
また来る事になるだろう。

帰りがけに越知町に沿うように流れる仁淀川河畔へ降りてみた。
一艇のカヌーがのんびり川を下って行く。
透明度抜群の水中には小魚が無数に泳いでいて、キラリキラリと反転する度に光っている。
奥に横倉山。
こう見るとヘンテコな形をしている。
ずっと眺めていると、太陽の光を浴びて背中がジリジリして来た。
夏はもう、すぐそこまで来ている。




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